鎌倉街道上道歩き旅その2(丹荘〜小前田)
4月28日午前9時起床。7時に起きる予定だったが、目覚ましの音にはまったく気がづかなかった。睡眠を取ったおかげで疲労は回復したが、下半身のだるさは取れなかった。明日は20kmだから余裕だなんてどの口が言ったのか、、このまま高崎線に乗って帰ってしまいたい気分だが、そういうわけにも行かないのでとりあえず先へ進む。
10時にホテルをチェックアウト。ホテルのモーニングには間に合わなかったので、昨日と同じくガストで朝食。11時9分、八高線に乗車して丹荘駅に戻る。ゆっくりしすぎだろ、と思われるかもしれないが、八高線は基本1時間に1本しか走っていないのでこれで最速なのだ。
11時30分頃丹荘駅に到着し、2日目の開始。丹荘駅近くの埼玉県児玉郡神川町は梨が有名のようだ。ただ収穫時期は8月下旬から9月上旬。残念ながら時期外れ。おいしいと評判らしいので、また来たいと思う。
梨、時期尚早なり。
鎌倉街道は国道254号線の1本南側の小道。この道は徐々に八高線に近づいていく。そして線路沿いの道を南東へしばらく進む。県道131号線と国道462号線、八高線が交わる長浜町の交差点を通り、再び線路沿いの道を進んでいく。
13時30分頃、児玉駅周辺にたどり着いた。まだランチタイムに間に合う時間だ。地方にありがちだが、駅前にお店は少なく、交通量の多い通りに集まっている。当然児玉駅前にお店はない。少しルートを離れ、国道462号線に出てみると予想通り飲食店が数店ありました。最初に目に止まった「ひら久」さんに入ることに。
ナポリタン。サラダとフルーツがついてもお手頃価格だった、と記憶してます。
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お店の方に周辺のおすすめスポットを尋ねてみると、「塙保己一」をオススメされました。国指定史跡の塙保己一旧宅と記念館があるそう。旧宅はもう通り過ぎて来てしまったので、近くの記念館に行ってみる。
レストランから歩いて数分のところにある雉岡(きじおか/きじがおか)城跡の敷地内に塙保己一記念館はあります。
雉岡城は、戦国時代に山内上杉氏の居城として築かれた。その後、小田原の北条氏が武蔵国に侵攻。城は後北条家のものになるが、1590年、前田利家、上杉景勝軍に破れ落城。同年、関東が徳川の支配に入ると、松平家清が一万石の所領を与えられ領主になり居城としたが、1601年、関が原の戦いの功績を称され三河国(愛知県)に3万国の所領を与えられ吉田城に転封されると雉岡城は廃城となった。城は取り壊されたが、土塁や堀は現在も遺されている。
堀の中になんだか物騒な看板を発見。夜泣き石。。その昔、城主が側女のお小夜を身籠らせる。そのことを知った奥方が、お小夜を井戸に生きたまま沈めてしまった。お小夜が亡くなると、井戸の水が白く濁り、夜になると鳴き声がどこからともなく聞こえてくるようになった。井戸からお小夜の遺体を引き上げてみると、、、そこには遺体なく、大きな石と小さな石があった。怖くなった奥方はお堀にこの2つの石を祀ったそうだが、すぐに亡くなってしまった。というお話があるそう。奥方が亡くなっていないという言い伝えもあるようで、伝承していくうちに尾ひれがついて話が大きくなってるような気がします。信じるか信じないかはあなた……
塙保己一記念館(2015年7月に本庄市の複合施設アスピアこだまの敷地内に移転。雉岡城跡から南に徒歩数分の距離にある)。
勉強不足で申し訳ないんですが、塙保己一、はじめて知りました。江戸時代の全盲の国学者。古代から江戸時代までの古書が失われるのを危惧し、それを41年かけて集め編纂した「群書類従」が有名。666冊もあり、この中には1200種類の貴重な本が入っている。
続群書類従の編纂もしたが、存命中に完成することはできず、弟子たちが引き継ぎ完成させた。東京都渋谷区にも塙保己一史料館があり、群書類従の版木や万葉集、徒然草の版木が保管され一般公開もされている。
記念館で館長のお話を聞いてるうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。。。15時再び歩き始める。児玉駅方面に戻り、住宅街の道を南下する。しばらく進むと、この旅ではじめて鎌倉街道に関する看板を発見。よくわからんけどちょっとうれしい。
さらに500mほど南下すると小山川にぶつかる。本来ここも迂回しないといけないんはずなんだが、水量を調整しているのか川にはコンクリートの道が何本も通っているので、ここを渡る。ほとんど水が見えないが、氾濫することもあるのだろうか。
小山川を渡り、川沿いを東に移動。赤城乳業の工場があった。ガリガリ君。
工場の一角に一里塚。
その向かい側には広木の一里塚榎跡。かつては樹齢400年の榎の木があったが、現在は枯れてしまって切り株だけが遺されている。
また道案内発見。日光街道を歩いてる時は、たまに街道歩いてるんだなって人と遭遇するんだけど、いまのところそれらしき人はいない。
赤城乳業から1km弱、国道254号線沿いを歩き、1本北側の道に入る。みか神社の前を通り、今度は254号線の南側へ移動。
みか神社の「みか」とはお酒を作るときに使う大きなかめのこと。
雷除けの神様を祀っている雷電神社、そしてセブンイレブンを通り過ぎ、国道254号線に出る。近くの天神橋の交差点から国道254号線ではなく埼玉県道175号線をに沿って進む。
八高線の用土駅近くで埼玉県寄居町に入る。
八幡神社の前を通過。
19時10分、秩父鉄道小前田駅に到着。今日はそれほど疲れなかったけど、下半身が痛くて歩みは遅かったが、無事今日のノルマ達成。
秩父鉄道で熊谷まで移動して高崎線に乗り換え都内へ戻ります。2日目終了。続く!