鎌倉街道上道歩き旅その5(西大家〜新所沢)
2013年9月29日、鎌倉街道歩き旅5日目。真夏の炎天下、フットサル中に日射病になって以来、夏の太陽がコワイ。トラウマです。なので暑さが抜けた9月末に再開です。
本日の工程は東武越生線西大家駅から西武新宿線新所沢駅までの約19km。西大家は東京国際大学坂戸キャンパスの近く。スポーツで有名なのかな。グラウンドがいたるところにありました。
西大家駅からスタート。
見慣れた鎌倉街道の看板。
民家と畑が入り乱れる地域を南下。この日はカメラのホワイトバランスの設定を蛍光灯にしてしまったので、写真の色味がおかしい。RAWで保存してなかったので加工もこんなもんで諦めました。みなさん、旅行に行く前にカメラの設定は確認しましょうね。
ストロマトライトみたいな植物がランダムに植えられとる。なんの意味があるんだろうか。
しばらく南下すると大宮と高麗川を東西に結ぶ川越線とぶつかる。この街道歩きという形態の旅で一番困るのは食事です。ちょうどいい時間に食事処を探すのに苦労します。まだちょっとはやいからここはパスだな。なんて思ってたらそれから数時間いいところが見つからないなんてザラです。ファミレスすらないんですよ。コンビニですませてもいいんですけど、年とともに旅の重要なポイントが食事にシフトしていきます。昔は何でも良かったんですけどね。成功か失敗かでその後のテンションに影響します。
川越線武蔵高萩駅近くでお店発見。ドラゴン。ドラゴン。ドラゴン。スルーだね。腹減った。空腹時は判断力が低下するから飴をなめるといいらしいですよ。
まだ歩くことにする。入間川の支流かな? を渡り少し川沿いの道を進む。
栗を買う。都会を離れると住宅の前で野菜なんかを販売してるところが結構あります。栗100円。買うでしょ。判断力低下じゃないよ。
霞野神社。
赤い社殿が美しい。
このあたりは古戦場跡だそうです。北条一派が鎌倉幕府再興のために挙兵した中先代の乱(なかせんだいのらん)の一戦、女影ヶ原(おなかげがはら)の合戦がここであったそうです。この乱で一時だけ鎌倉を奪還できたけど、足利尊氏に敗れて終了。尊氏はこの乱で後醍醐天皇に反旗を翻し、室町幕府へとつながっていくので、歴史の大きなターニングポイントではありますね。
草むらを駆け抜ける。うそ。その脇道を通る。さすがにけものみちはなかった。
日高カントリー倶楽部の脇にそこそこ大きな石碑発見。
石碑の近くにラーメン屋さんがあったので入ることにしました。
5年も前なんでね、記憶が、、、たしか味噌ラーメン食べたような、、、美味しかったような、、、気がします。
食事を終えて午後の部スタート。智光山公園の横を通る。公園のベンチに座ってコーヒーでも飲んでゆっくりしたいところだけど先へ急ぐ。
信濃坂。かつては信濃の国(長野県)へつながっていた道。
現在の信濃坂。
入間川を越えます。
入間川を越えてすぐに狭山八幡神社があったのでお参りしてきました。
三角みくじ
幸福おみくじ
鳩みくじ
三角みくじを引きました。内容は忘れたけど、なんかいいことが書いてあったのは覚えています。三角の入れ物は今でも小銭入れとして活躍中。
徳林寺福徳院不動尊。
狭山駅到着。構内のミスドで休憩。よくわからないんだけど、ここへきて急激にガラが悪くなった気がしました。いや、気のせいに違いない。
駅の構内を通り、線路の反対側に出る。
駅を出るとすぐに石川県にある白山比咩神社の分社、白山神社があります。鎌倉時代には存在していたようで、樹齢700〜800年の欅の木が明治時代まではここにあったそうです。
ブォンブォンブォンブォンブォンブォンブォンブォンブォンブォンブォーーーーーーーン
ここ駅前なんだけど、、、やっぱりガラが悪いな。
県道227号を南下。大通りだから歩きやすい。上の写真の右側に見切れてますが七曲井(ななまがりのいど)があります。昔の井戸の遺跡で、このあたりの地層はもろくて、さらに地下水脈まで距離があるため、やわらかい地層の部分をすり鉢状に掘り下げてから垂直に掘る必要があったためこのような形になっているそうです。
西武新宿線入曽駅近くにある入間野神社。
所沢市に入る。
新所沢駅に到着。本日の行程(西大家ー新所沢:19.1km)は無事終了。
第6日目へ続く。